先に、脊髄の中心部が損傷する中心性頚髄損傷を説明していますが、本症例は、脊髄の前角部あるいは前根部が損傷したものです。
いずれにしても、脊髄損傷のカテゴリーであり、ムチウチではありません。
脊髄の横断面
脊髄の中心部には、蝶のような形をした灰白質があります。
1つの脊髄末梢神経では、第1脊髄神経を除き、2つの神経根が存在しています。
?前根=運動神経根
脳や脊髄からの信号を、運動神経根を経由して筋肉に伝達しています。
?後根=感覚神経根
灰白質の後方にあって、触覚、姿勢、痛み、温度などの感覚情報の信号を体から脊髄に伝えます。
※信号の経路?
信号は、脳に行くものと、脳から来るものがあり、それぞれ別の経路を通ります。
?外側脊髄視床路 感覚神経根で受けた痛みや温度の信号が、この経路を通って脳に伝わります。
?脊髄後索 感覚神経根で受けた腕や脚の位置信号が、この経路を通って脳に伝わります。
?皮質脊髄路 筋肉を動かす信号が、この経路を通って脳から運動神経根に伝わり、運動神経根を通じて筋肉に伝わります。
交通事故では、正面衝突など、前方向からの大きな衝撃により発症するもので、少数例です。
症状は、頚椎症性脊髄症と同じで、圧迫部位より下の手・足の症状、箸が持ちにくい、字が書きにくい、ボタンがはめにくいなど、手指の巧緻運動が困難で、著明な筋萎縮と筋力低下、弛緩性運動麻痺が認められ、片側性が多いのですが、両側性も報告されています。
頚椎症性脊髄症では、下肢が突っ張って歩きにくい、階段を降りるとき足がガクガクする、上肢の筋萎縮、脱力、上下肢および体幹の痺れ、症状がさらに進行すると膀胱直腸障害も出現しますが、前角障害、前根障害では、下肢に症状が認められることと、知覚障害は、ほとんどありません。
C5/6では、三角筋、上腕二頭筋、棘上筋、棘下筋、腕撓骨筋に筋萎縮が認められます。
回外筋の筋力低下は認められますが、回内筋の筋力は保たれていることが多いのです。
C7では、上腕三頭筋の筋萎縮を認める。
翼状肩甲を合併することが多いと報告されています。
回内筋の筋力低下を合併することが多いとも報告されています。
※翼状肩甲とは?
上腕を挙上する際に、肩甲骨の内側縁が浮き上がります。
これが、天使の羽根のように見えるので、翼状肩甲骨と呼ばれています。
正常肩関節では、上腕を90°以上挙上するときには、肩関節だけでなく、肩甲骨の内側で前鋸筋や僧帽筋の働きで、肩甲骨が胸郭の外側を滑るように前方に移動し、下端が上方に回転しています。
前鋸筋の麻痺では、肩甲骨の内側縁が浮上し、翼状肩甲骨となり、上腕の屈曲ができなくなります。
C8では、小手筋、第1背側骨間筋の筋萎縮が見られ、総指伸筋の筋力低下で垂れ指となります。
手指背屈位でMP関節の背屈ができず、小指外転筋の筋萎縮、尺側手根伸筋の筋力低下が認められます。
立証は、病変の広がりについては、針筋電図による脱神経所見の検索が有用です。
頚椎MRI、ミエログラフィー、NCV、MEPなど電気生理学検査も実施されています。
前角障害と前根障害の2つがありますが、前角障害では、神経の回復が不可逆性になる可能性が高く、早期オペの適応となります。
前角障害、前根障害は、頚椎症性筋萎縮症と診断されることもあります。
前角障害、前根障害における後遺障害のポイント
1)事例
傷病名は右肩腱板損傷、しかしMRIでは腱板損傷を確認できない。
精査受診対応で専門医を受診したところ、頚椎前角障害が診断され、腱板損傷は否定された。
前医は、C5/6前角障害により、三角筋、上腕二頭筋、棘上筋、棘下筋、腕撓骨筋に著明な筋萎縮が認められたのですが、この筋萎縮を、右肩腱板損傷と診断したものと思われます。
その後、被害者は入院となり、頚椎前方固定術を実施。
脊柱の変形で11級7号、三角筋、上腕二頭筋、棘上筋の筋萎縮による右肩関節の機能障害で12級6号、併合10級が認定された。
2)頚椎の固定術について
痛みや不快感を訴える症例では、まず、保存的治療が選択されます。
それでも改善が得られないときは、オペの適応となりますが、頻度は少ないものです。
先の痛みに加え、筋力低下や筋萎縮の神経脱落症状を示している症例では、躊躇なくオペが選択されています。
頚椎前角障害のオペは、前方固定術、後方椎間孔拡大術、椎弓形成術が行われています。
予後については、痛みに比べて痺れが消退しにくく、C5/6、近位型に比べてC7/8遠位型の麻痺がなかなか改善しにくいと報告されています。
3)頚椎前角障害と診断されたときは、オペが優先されます。
症状固定は、オペ後4か月を経過した段階で決断することになります。
針筋電図で、棘上筋から小指外転筋に至るまでの脱神経所見を検証します。
日常生活の支障は、脊髄症状判定用の用紙に、主治医の記載をお願いしなければなりません。